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横浜駅近く、丘の上にある教会。捜真バプテスト教会です。

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〒221-0804 神奈川県横浜市神奈川区栗田谷42-43

礼拝Worship

  メッセージ > 先週までの礼拝 > 2026年10月18日

先週の礼拝

10月18日(日)10時30分~11時40分
召天者記念礼拝
メッセージ:「霊の体の復活」
聖書:ヨハネによる福音書11章17-27
説教者:小野慈美牧師

※どなたでも視聴できます。

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<ラザロの生き返り>
 イエスが親しくていた、マルタとマリアという姉妹がいました。彼女たちの弟のラザロが病気だという知らせがイエスに届きました。イエスが到着したときには、すでに墓に葬られてから四日もたっていました。マルタはイエスに言います。「主よ、もしここにいてくださいましたら、私の兄弟は死ななかったでしょうに」(ヨハネ11:21)イエスは、マルタに言われました。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる」(11:25)。
 この後、イエスはラザロを墓から呼び出し、ラザロは生き返りました。しかし、何十年か後には、彼は再び死に、墓に葬られたはずです。ですから「私を信じる者は、死んでも生きる」とは、ラザロの生き返りのことではありません。では、主イエスが語る「復活」とはどういうものなのでしょう。
<霊の体>
 人の死後について、パウロはこう記しています。「自然の命の体が蒔かれて、霊の体が復活するのです。自然の命の体があるのですから、霊の体もあるわけです」(1コリント15:44)。
 自然の命の体とは地上の命を象徴しています。種は地にまかれると、種自体は無くなりますが、全く異なるものに変えられます。同様に地上の体が滅びても「霊の体」を与えられて甦るというのです。霊の体と言うと、体がなくなり霊魂だけの存在になることを想像するかもしれませんが、パウロが言っているのは、そうではありません。
 霊:その人の本質、人格、Ientity(その人の固有性)。体:その人の本質を宿すもの。
地上の命は完全に死ぬのですが、人格、identityは残り、その人格を宿す霊の体が与えられます。地上でも人格を宿す肉体が与えられているように、死んだ後は、霊の体を与えられ、その人がその人であるということがはっきりとわかる仕方で、神と共に生きるのです。
<ラザロの生き返りと復活>
それでは、ラザロの出来事と、霊の体の復活とは、どのようにつながっているのでしょうか。ラザロの生き返りは、死を越えて命を与えるイエスの力を示すしるしです。しかし、そのしるしが指し示しているのは、ラザロ自身の生き返りだけではありません。その先には、イエス・キリストご自身の死と復活があります。イエスは、ラザロを墓から呼び出されました。しかし、イエスご自身も、やがて十字架にかけられ、墓に葬られ、三日目に復活されました。ただし、キリストの復活は、ラザロのように、以前の身体に戻ったということではありません。死に支配されない命へと復活されたのです。そして、キリストが復活されたように、私たちも朽ちない命に生かされることを示しているのです。ここに、私たちの復活の希望の根拠があります。復活の希望を持つということは、死を恐れなくなることではありません。死を悲しまなくなるということでもありません。愛する人を失えば、私たちは悲しみます。しかし、その悲しみの中でも、神の約束を信じることができます。
<我はよみがえりなり命なり、我を信ずるものは死すとも生きん>
 鎌倉霊園の教会墓地には、この言葉が刻まれています。私たちが墓前礼拝をするのは、故人を供養するためではありません。故人は、既に神様のみもとに受け入れられています。私たちが墓前礼拝をするのは、亡くなられた方たちを覚えることで、自分の生き方を顧みるためです。私たちもやがて地上の生を終えます。神のもとに召されるとき、私たちも霊の体を与えられ、互いに互いがわかる仕方で再会できる。地上での別れには、当然のことながら、悲しみ、寂しさはあるが、再会の希望を持って生きることができる。地上で生かされている間は、地上での役割が与えられているのですから、与えられている日々を感謝して、大切に生きていきましょう。







前   奏   - キリストよ、救いの神 -   Satkz
招   詞   コリントの信徒への手紙一 15章42-44節 (下記)
賛   美   讃美歌21-382 力に満ちたる(1,3,4,5)   
主の祈り  
聖   書   ヨハネによる福音書11章17-27節 (新約p.189)
祈   祷
賛   美   讃美歌21-391 キリストよ、救いの神(1,2,3)[今月の歌]
黙   想 
説   教   「霊の体の復活」             小野慈美牧師
祈   祷
召天者記念式  賛美 “Pie Jesu Domine ”(慈しみ深き主イエスよ) 菊池美穂子
           Pie Jesu Domine, dona eis requiem.
           Dona eis requiem, sempiternam requiem.
           慈しみ深き主イエスよ、彼らに安息を与え給え
           彼らに安息を与えたまえ、永遠の安息を
賛   美   讃美歌21-385 花彩る春を
献   金
感謝祈祷                   
賛   美   讃美歌21-29 天のみ民も
祝   福                      小野慈美牧師
後   奏
分かち合い   

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42死者の復活もこれと同じです。蒔かれるときは朽ちるものでも、朽ちないものに復活し、43蒔かれるときは卑しいものでも、輝かしいものに復活し、蒔かれるときには弱いものでも、力強いものに復活するのです。44つまり、自然の命の体が蒔かれて、霊の体が復活するのです。自然の命の体があるのですから、霊の体もあるわけです。

礼拝堂正面のイエス様Soshin Baptist Church捜真バプテスト教会

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